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スタッフ紹介

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水戸工務店のスタッフ | 棟梁  小林良三

友人やお施主様から「素敵な笑顔ですね。怒った事なんてないんでしょう?」と言われることが多々あります。 しかし、実際はというと、毎朝の朝礼のときには、かなり元気の良い声で職人たちに語り!?かけています。 中学校を卒業して以来、寝ても覚めても仕事!仕事! 早く一人前になりたくて、休憩時間は先輩の職人が昼寝をしている隙に墨付けされた材木を盗み見たり、月に2日ある休みの日も刃物の手入れをしたり。 私も還暦を迎え、息子たちに仕事を任せる事が出来るようになり、主な仕事は大工の育成としました。近頃は趣味の詩吟や剣舞、大好きな農作業を楽しむ時間が取れるようになりました。 しかし、技術には自信があります。天に召される瞬間までバリバリの現役でいる事が今の目標です。

水戸工務店のスタッフ | 代表取締役社長   小林弘典

私は 家づくりが好きです。 家をつくるという、人生で一番お金がかかる仕事に関わるようになって考えることは、私たちがつくった家に「安全に気持ちよく、そして永く住んで頂きたい」と言うことです。 日本の住まいは30年経たずに壊されているのが現状ですが、壊された家のほとんどがどうしようもないから壊した、というわけでもないのです。 使い勝手が悪いから、住み心地が悪いから、恰好悪いから、そういった理由で壊されているものの方が多いと聞きます。 家を世代ごとに建て直す、日本では当たり前に行われていますが、それが良い事でしょうか? スクラップアンドビルドを繰り返していては、環境にも悪影響を与え、人々の生活も豊かにはなりません。 気持ちよく永く住む、手を入れ住み継ぐ、資産になる、、、欧米諸国で行われているのに日本では出来ていない。 新しもの好きと言われる日本人ですが、こと、住宅に限って言えば、戦後に足りない住宅を急激に増やすために、苦肉の策で行った思想教育に端を欲します。 確かにその時代の建物の質は褒められたものでは無いでしょう。(現在もその思想を受け継ぐものも多くありますが) これからは住み継ぐ価値のある、受け継ぐ喜びがある、資産として考えられる、そういった住まいが増えていかなければなりません。 私たちは、安全で、省エネルギーで快適な、永く住み継ぐことが出来る家だけを創っております。 私の主な仕事は、現場での作業以外全般です。ですが、初めてこの仕事に就いたとき、現場で大工として働きました。 大工時代に忘れられない出来事があります。 ある日、父親である「棟梁」が、私の作った造作家具のチェックをしに来たときのことです。 私の技術が未熟だったために作ったものが気に入らなかったのでしょう、その家具にいきなり大きなバール(鉄製のくぎ抜き)を叩き付け、壊されてしまいました。 いきなりのことで声も出ませんでした。 一回だけバールを叩き付けたあと、父が「後はお前が壊せ」と言いました。 自分で作ったものを壊す、情けなくて情けなくて涙が出てきたのを思い出します。 この一件で、家造りに対する真剣みがグッと増しました。 本当に価値のある住まいであれば、きっと永く残るはずです。 真面目に本気で100年住宅、思い出がいっぱい詰まった、住み継ぐ価値と喜びがある、そんな家をお客様と一緒に創っていきたいと考えています。

水戸工務店のスタッフ | 代表取締役副社長   小林辰成

家は、常に住まう人たちを思い、考えながら造り上げる。 同じような家を建てれば、建てるだけ、作業効率も上がり、家全体の価格を下げる事も出来ます。 しかし、そういった家に携わる造り手達や職人達の精神や技能も確実に下がっていきます。 その家に暮らす家族が、健康、快適で過ごせ、100年経っても安心して、次の世代に住み継いで行ける家、そんな理想の家を造っていく事に必要なことは、技術はもちろん、住まう人達を思い浮かべ、常にその人達にとっての、健康や快適性、利便性を考え、安全性持ってもらえるように考えて造る事にほかなりません。 そういった満足感を得られる家を一棟、また一棟と考えながら作り上げていくことで、職人達の造り手としての意識も高まり、精神、技能ともにレベルアップしていきます。 私は、そういった技術者的にも、人間的にも、世間に認められる大工職人の集団を作り上げたいと思っています。

水戸工務店のスタッフ | 経理事務   小林美南子

長野の木曽から嫁いできました。 のんびりとした生活とは一変、新居にはすでに弟子が住み込んでいたため、理想に描いていた甘い生活もどこへやら・・・。 想像つかないでしょうが、長男が生まれるまでは主人と一緒に現場へでて働いていたんですよ。 お客様を訪ねるのも、どこへ行くのも主人と一緒に二人三脚でした。 息子たちの代になった今は、剣舞の舞台を見に行ったり、畑を手伝いに行ったりと、やっぱり一緒。 「母ちゃんも一緒に来るだろ‥」って(笑) そして、学校が休みの日にお嫁さんたちが子連れで仕事に来ていると、必ず孫の誰かが、 「あのさぁ、ばばさぁ、事務所に来て~」って。結構忙しいです。

水戸工務店のスタッフ | 設計積算   小林淑子

代表の弘典とは、建築士の学校で出会いました。 嫁ぐ前も建築系の仕事をしてましたが、家造りの仕事は嫁いでから。 水戸工務店の「いい家」造りしか知らない箱入り設計士です。 夫婦で机を並べて仕事をし、打ち合わせも現場も夫婦で一緒に。 父・棟梁と母がやってきた夫婦二人三脚を見習って日々奮闘してます。  長男が小学校に入学してから、学校での朝の読み聞かせボランディアを楽しんでいます。お蔭で絵本や児童書が好きになり、コレクションが増え続けています。でも、収納が多い我が家だから大丈夫!!

水戸工務店のスタッフ | 経理事務   小林紘子

辰成とは高校時代に出会い、20歳で嫁いで来ました。 結婚前は某飲料水メーカーの事務の仕事をして、建築に関して素人で工務店の仕事を始めましたので、日々勉強です。 子どもが小さい時は父母が事務所に連れて行くと面倒をみてくれるので、安心して仕事が出来ました。良く面倒をみてもらったので、長男(俊皓)は大きくなった今でも母が大好きで、おばあちゃん子です。

水戸工務店のスタッフ |   吉田真美

国土交通省の後押しで、日本の伝統工法を残すために大工育成塾が立ち上げられました。 塾の2期生として3年間水戸工務店で受け入れてもらい、大工塾を卒業した平成20年に晴れて弟子入りしました。 今は子育て中にて、大工は休業中です。 憧れていた大工になり、結婚し、子供を育て…念願の自宅も建てました。 女性として大工を目指した頃には想像していなかった人生です。 水戸工務店だったから可能だったのだと思っています。

水戸工務店のスタッフ | 大工   安秋夫

子供のころから、物を作ることが好きでしたが、大工になろうとは思っていませんでした。 中学を卒業して間もなく、自分の意思とは関係なく突然親方が迎えに来て、荷物もそこそこに柏に連れて来られました。 親方は地元で評判の悪ガキ(決して、いじめっ子ではありません。)で、腕っ節が強い。 職人になるための修行(今の弟子なんか生ぬるい)は、逃げたいほどでした。 今は、お客様が喜ぶ顔と、感謝されたときに大工になれて良かったと思います。 休日は、小鳥の世話と、釣りや野菜作りを楽しんでいます。

水戸工務店のスタッフ | 大工   鈴木秀雄

小さい頃から大工になりたかった。 現場では黙々と仕事をしているためか、お客様から「声をかけずらい…。」と、親方に相談が行くみたいです。 職人気質で、ぶっきらぼうではありますが、お客様の質問に対してはキチンと答えますので、話しかけてください。 でも、仕事が進まないと困るので、長い話は休憩中にお願いします。 親方は、仕事に厳しいところもありますが、社員に対しても家族同様に扱ってくれるので、自分が体の動くうちは大工であり続けたいです。

水戸工務店のスタッフ | 大工   吉田友也

2002年に高卒で入社。入社6年目に、親方に年期明け(大工が見習期間を終えて一人前の仲間入りをするためのお祝いの儀式)をしていただきました。協力業者の方々や先輩方の前で、「これで一端の大工だ。改めて身を引き締め、いい大工になれ。」と言われ、嬉しさと共に、もっと頑張ろうと思いました。 2014年、念願の自分の家を水戸工務店の涼温換気SA-SHEの家で建てることが出来ました。施主であり造り手でもあったこの家造りは、いままで気付かなかった様々なことがわかりました。 休みの日は、新しい家で子供たちを相手にのんびり過ごすのがリフレッシュです。

水戸工務店のスタッフ | 大工   今野誠

仕事以外でも、休日には自分用の家具を製作したりと、手を動かすのが好きです。普段は怠け者なんですけど(笑)、物を作っているときは、時間が経つのも忘れてしまうほど熱中してしまうこともよくあります。 念願の大工になったからには、手刻みの奥の深さ、技をもっともっと身に付けたい。そしていつか、自分の手刻みの仕事で、住む人が気持ちよく過ごせるような家を作りたい。 これが自分の夢です。

水戸工務店のスタッフ | 大工   入江亘

高い技術とプライドを持って仕事する先輩方の仕事ぶりを見ているうちに、「ただの大工じゃなくて技のある大工になりたい」と強く思うようになりました。 もともとのんびり屋なので、最初は何をしていいのか右往左往するばかりでしたが、最近はやっと慣れてきて厳しくも優しい先輩方と仕事させてもらっています。 そんな僕の目標はまず手際よく仕事をして先輩方をフォローできるようになること。 早く一人前の大工になりたいと思いながら毎日を過ごしています。

水戸工務店のスタッフ | 大工   関根大貴

「大工育成塾」を卒業し、入塾中にお世話になっていた水戸工務店に入社しました。 水戸工務店で最初に教えてもらう事は、挨拶、掃除、研ぎ物。 挨拶や掃除は自信がありましたが、研ぎ物はなかなか思うようにいかず落ち込むこともありました。 辰さんに「毎日やらなきゃ身に付かないぞ!飽きも凝りもせず続けろ!!」と言われて、とにかく毎日続けています。鑿(ノミ)が1本、砥石が3個、削れて無くなった頃、辰さんに「だいぶ上手くなったな。やりゃぁ、出来ただろ。」と行ってもらえました。 丁寧な仕事をする大工になりたいと思います。

水戸工務店のスタッフ | 大工   寺島佑太

小さい頃からあこがれていた仕事でしたが、入社してから怒られない日がありません。 棟梁には仕事のことも、生活のことも厳しく言われます。 正直言って、何で続けられているのか解りませが… 社員同士が仲良く、温かい会社で、棟梁も厳しいけど優しい人です。 だから、早く一人前になって役に立ちたいと思います。 大工は物造りだけではなく、人に対しても気遣いが必要なことを学んでいるところです。

水戸工務店のスタッフ | 大工   小林俊皓

父から厳しくされることは覚悟の上でしたが、想像以上に厳しいですね。でもそんなことで音を上げるような根性はしていませんから平気です。物心ついた頃から、父のようになりたいというのが私の夢でした。父の仕事に対する真剣さ、そして真面目さを目の当たりにしてきて、男としてカッコいいなという思いがずっとありました。だから迷わず入社・・・と言いたいところですが、正直言うと少しだけ迷いました。果たして自分は祖父や父がしてきたように、ちゃんとやれるのかなというプレッシャーがあったのです。しかし、そんなプレッシャーよりも、祖父が興した会社を続けていきたい、力になりたいという思いの方がはるかに強かった。いまでは大工として早く一人前になることだけを考えて励んでいます。

増田賀一(ますだ よしかず)

JOB大工歴1992年~ 技術だけではなく人間を磨きたい 小学校の頃、父が私たちの住む家を建ててくれたんです。私も少し手伝いをして、それが大工になりたいと思ったきっかけでした。私にとって父は常に偉大な存在。大工になった今、私の気づかないようなところに気配りしている父を見ると、「ああ、追いつけないなあ」とつくづく思います。水戸工務店にも、そんな父のおかげで来ることができました。こんなすごい大工さんたちが大勢いるところに来られて、自分は幸せ者だなあと思っています。 父の存在は大きいですが私は私。自分なりに努力して、技術だけではなく人間的にも後輩たちから慕われるような人物になりたいです。安さんたち大ベテランと友也くんたち若手とをつなぐのが私たちの世代だから、頑張って水戸工務店を盛り立てていかなくては! この工務店は常に上を目指している人たちがいて、しかも仲がいい。こんな雰囲気のいいところは滅多にないと思いますね。 個人的に好きなのは、組立て前の刻み。そういった細かい仕事を、できあがりをイメージしながらしている時が一番楽しいです。

水戸の大工 |   宗像六男(むなかた むつお)

JOB左官歴1966年~ 左官の仕事は一生勉強。 気が抜けません 兄三人が大工だったので、「お前は左官になれ」と言われて左官の修業をしました。左官の技術を覚えるのは大変でした。この仕事は単にこね方や塗り方を覚えればいいというものではなく、季節や天候に大きく左右される仕事。自然とのつき合い方を覚えないと仕事ができないんです。 ひと言で言うと、こねた材料を柔らかいうちにさばくことが重要なのですが、夏だと速く乾きすぎる、反対に冬には中の水分が凍ってしまう。本当に泣きそうになります。ま、泣いていてもしょうがないから頑張るしかないんですけど(笑)。 そんなに苦労して覚えた左官の仕事が10年程前、クロスに押されて激減したことがありました。私が勤めていたところは会社を畳んでしまい、さあ困ったという時に、手を差し伸べてくれたのが水戸工務店の先代社長でした。先代社長は自然素材の塗り壁が家には一番いいという姿勢を崩さず、私に来ないかと言ってくれたんです。 先代社長は仕事には厳しかったけれど、本当に人情深い人。私は動けなくなるまで水戸工務店でやっていきたいです。塗り壁の材料は日進月歩。どんどん変わっていくので、勉強を続けて、左官の技術では誰にも負けない仕事をしていきたいと思っています。